は学校を卒業するとすぐに、都内の上場会社に就職しました。その会社で10年程お世話になった後、ヘッドハンティングを受けて米国の企業に転職したのであります。その後独立して、個人事業を興して早23年、現在に至るのですが、そういう訳で、私は国内の上場企業、米国の上場企業、零細なる個人事業の3つの経験を積んだ事になります。
私が学校を出たのは平成元年の3月。湾岸戦争勃発の余波を受けて、世はバブル崩壊の大不況に向かうのですけれども、私の居たIT業界は仕事が溢れていて、Windowsの出現や、リレーショナルデータベースの普及、更にInternetの台頭と、次々と新しいスキルや知識が要求される時代でありました。その波について行く事が出来ない者たちは業界を去り、高いスキルを身につけた者は若くても重職に就き高給を保証されるという、まさに下剋上と申しますか、文字通り戦国時代であったように思います。
私はこうしたシステム開発の現場に肌が合ったのでしょう。仕事の量も領域もどんどん増え、残業は月に100時間を超えておりましたが、そんな多忙な中において、更なる新しいスキルの習得には常に貪欲でありました。決して社畜と呼ばれるような状態だった訳ではありません。私自身、こうした生き方に大いにやる気を感じておりました。その頃の私にとって職場は単に云われた作業を行なう場所ではなく、新しい技術を習得させて貰える場でもあったのです。
ヘッドハンティングを受けて米国の企業に転職したら、そこには今までとは全く別のカルチャーが待っていました。部下(ワーカー)へ残業を依頼する事も原則禁止。社員のワークライフバランスが最も重視され、それを壊す行為はハラスメントとして厳に制限されました。部下が失敗してもその原因を一緒に探る際も細心の注意が必要とされます。失敗の原因究明時に、部下に必要以上のプレッシャーを与える事に繋がるから、気をつけろというのです。失敗に対する反省を求めるなんてもってのほか。部下の作業に対し「もっと、こうしたらどうだろうか」と提案する事もビクビクしながら。外資系企業というのは現場で人材を育てようとするとハラスメントとして糾弾されるので、既に高いスキルを有する人間を中途で採用し続ける事で回していく世界であった訳です。
当時、こんな考えで運営しているのは外資系企業だけで、日本のテレビでは、相も変わらず「24時間、戦えますか♪」と栄養ドリンクのコマーシャルが、当たり前の様に流れておりました。覚えてますか?黄色と黒のリゲインでありますよ。懐かしいなぁ。
米国の企業に人材を育成するという機能がなかった訳ではありません。日本ではOJT(On Job Training:職場で働きながらのトレーニング)と称された現場での教育が主であったのに対し、米国企業ではHR(Human
Resources:人事部)が組織的に研修をコントロールしていました。そして現場の責任者は、定期的に部下の評価を行ない、スキルの足りない人間は再研修に回し、それでも使い物にならなければ辞めさせる権限を与えられていました。
令和に入り、日本企業でも社員のワークライフバランスが最も重視され、その流れを壊す行為はハラスメントとして制限されるようになりました。しかし組織的な研修よりもOJTが重視される傾向は相変わらずでしたし、社員は労働基準法によって過度に守られていましたから、仕事の出来ない者を会社側から切る権限など与えられようもありません。若い社員に残業をお願いしても「それってパワハラですよね」の一言でさっさと帰宅してしまいますし、仕事を教えようにも、今与えられている作業以上の事は拒否する権利があると勘違いしている始末。今や、若い人に技術継承する事も、相手や状況によっては、ハラスメント扱いになってしまうのです。OJTは形骸化し、O:お前が、J:自分で、T:強くなれ、などと揶揄されるようにもなっていました。
思うようには動きませぬな。
逢坂冬馬著「その犬をください」(角川書店)からのお言葉です。少なくとも米国企業ではエグゼクティブクラスとワーカークラスは明確に別れていました。エグゼクティブは年俸契約で裁量労働制、ワーカーは週給制で与えられた仕事のみをこなす。日本企業の問題は、エグゼクティブとワーカーが明確に別れておらず、本来エグゼクティブとして育てようとしている人材が、まるでワーカーかの様な低い意識で職場に存在している事ではないでしょうか。
対価を得てサービスや技術を提供する以上、プロフェッショナルとしての矜持を持たねばなりません。仕事上の失敗を指摘されて、「上司が私を守ってくれない」となどと発言する社員も増えていると聞きます。上司はあなたのお母さんではないんですよ?しかもこうした意識低い系は新人さんばかりではなく、30代40代の社員もそれに含まれるというのだから、まさに世も末。
とは云え、今時の学校の先生もハラスメントと認定されるのを恐れて生徒を叱らないってんですから、そうした教育に染まったお若い社員たちで構成される職場の雰囲気を、今更変えようだなんて、とても難しい事かも知れませんね。こうしますと、私は若い時分に会社において楽しく矜持を持って勉強し働けたという点で、更に今では個人授業主として自分で選んだ十数人の極めて頭の良い若者たちと一緒に仕事が出来るという点において、大いに恵まれた世代だったと云えるのかも知れません。
【来週をお楽しみに】
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